この記事のポイント
- 事故のあとの、脳の損傷によらない心の不調(PTSD・うつ状態など)は「非器質性精神障害」と呼ばれ、後遺障害の等級は原則として9級・12級・14級のいずれかです。
- 心の不調は外から見えにくく、画像にも写りません。症状があることと、それが事故によるものであることを、治療の記録などで示していく必要があります。
- 自賠責保険では、精神科への通院期間、症状が出た時期、その後の経過が特に重視される傾向にあるとされています。事故の前からの性格や病気(素因)を理由に、賠償額が減らされることもあります。


交通事故のあと、体のけがは良くなってきたのに、事故の場面が急によみがえる、車に乗るのが怖い、夜眠れない、気分が沈んで何もする気が起きない、といった状態が続くことがあります。
脳そのものが傷ついたことによらない、こうした心の不調は「非器質性精神障害」と呼ばれ、PTSD(心的外傷後ストレス障害)やうつ状態がその代表です(Q&A 高次脳機能障害の交通事故損害賠償実務 30頁・68頁)。
心の不調は外から見えにくく、画像にも写りません。そのため、症状があることと、それが事故によるものであることを、治療の記録などで示していく必要があります(同 71頁、151頁)。
この頁では、心の不調で認められる後遺障害の等級と、PTSDをめぐって争いになりやすい点、等級を認めてもらうために必要な資料を、交通事故を扱う弁護士がまとめました。
事故のあと、どんな心の不調が起こりやすい?
PTSD(心的外傷後ストレス障害)
命にかかわるような出来事のあと、その場面が本人の意思に反して何度も頭によみがえったり(フラッシュバック)、悪夢を繰り返し見たりして、強い不安や緊張が続く状態です。つらい記憶を思い出させる場所や物事を避ける、喜びや愛情を感じにくくなる、ささいな物音にも飛び上がるほど驚く、といった症状もみられます(国立精神・神経医療研究センター「こころの情報サイト」、赤い本 2014年版 下巻 83頁)。
診断の目安は、こうした症状が1か月以上続いていることです。まれに、事故からしばらくたって症状が出ることもあります(赤い本 2014年版 下巻 83頁)。およそ半数の人は3か月以内に回復する一方、残りの半数は長引くとされています。交通事故のあとにPTSDと診断される人の割合は、日本の救急外来のデータでは8%とされています(同 84頁・85頁)。
うつ状態・不安の状態

むちうちそのものについては首・背中・腰の後遺障害をご覧ください。
高次脳機能障害とは、どう違う?
頭を打ったあとに、気分の落ち込み、怒りっぽさ、意欲の低下などが出ることがあります。脳の損傷(器質的損傷)が画像などで確かめられ、そのために生じたものは高次脳機能障害として、確かめられないものは非器質性精神障害として扱われます(Q&A 高次脳機能障害の交通事故損害賠償実務 30頁、74頁)。
ただ、両者の見分けはしばしば難しく、脳の損傷による症状に事故後の心の反応が加わって、両方が混ざっていることもあるとされています(同 30頁・31頁)。
等級も賠償額も大きく変わる
日常生活への支障が同じくらいでも、どちらと評価されるかで、認められる等級も賠償額も大きく変わります(Q&A 高次脳機能障害の交通事故損害賠償実務 151頁)。高次脳機能障害は、脳の損傷を示す画像、受傷のあと一定の期間続いた意識障害、事故後の認知や行動の変化を合わせて判断され(同 67頁)、常に介護が必要な別表第一の1級まで認められることがあります(同 55頁)。これに対し、非器質性精神障害は原則として9級・12級・14級のいずれかです(同 148頁)。

どんな後遺障害の等級が認められる?
自賠責保険では以前、脳の損傷によらない精神の障害は外傷性神経症と扱われ、認められるのは14級にとどまっていました。平成15年に労災保険で認定基準が改められ、9級・12級・14級の3段階に分けて評価する仕組みになり、自賠責保険の基準もこれにならって変わりました(厚生労働省の認定基準、Q&A 高次脳機能障害の交通事故損害賠償実務 68頁)。
自賠責保険は、日常生活の全体を見る
労災保険の基準も参考にはしますが、自賠責保険は、仕事に限らず、日常生活の全体にどれだけ支障が出ているかに目を向けて等級を決めています(Q&A 高次脳機能障害の交通事故損害賠償実務 68頁・70頁)。
| 等級(別表第二の文言) | 日常生活への支障の目安(自賠責保険) | 仕事への影響の例(労災保険の基準) |
|---|---|---|
| 9級10号(神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの) | 日常生活に著しい支障が生じる | 働くことはできるが、人と接する仕事につけないなど、つける職種が相当に限られる |
| 12級13号(局部に頑固な神経症状を残すもの) | 日常生活に頻繁に支障が生じる | 職種は限られないが、働くうえでかなりの配慮が必要 |
| 14級9号(局部に神経症状を残すもの) | 日常生活に時々支障が生じる | 職種は限られないが、働くうえで多少の配慮が必要 |
左の欄は自動車損害賠償保障法施行令の別表第二の文言、中央の欄は自賠責保険の認定の参考例(Q&A 高次脳機能障害の交通事故損害賠償実務 70頁・71頁)、右の欄は労災保険の認定基準の例を、分かりやすく言い換えたものです。
後遺障害と認められるための条件は?
労災保険の基準では、次の①の精神症状のうち1つ以上が残り、かつ、②の能力のうち1つ以上に障害があることが必要です。等級は、②の能力について、どの程度、どのくらいの頻度で助言や手助けが必要かによって分けられます(同 68頁〜70頁、厚生労働省の認定基準)。
- 抑うつ状態
- 不安の状態
- 意欲が低下した状態
- 慢性化した幻覚・妄想の状態
- 記憶や知的な能力の障害
- そのほかの障害(衝動を抑えられない、はっきりしない体の不調を訴え続けるなど)
- 身の回りのこと
- 仕事や生活への積極性・関心
- 通勤や勤務時間を守ること
- 作業を続けること
- 人との意思の疎通
- 対人関係・協調性
- 身の安全を守り危険を避けること
- 困難や失敗への対応
実際に認められた等級の傾向
裁判例を分析した書籍によると、自賠責保険で非器質性精神障害と認められたものは多くが14級で、12級はわずか、9級は見当たらなかったとされています。裁判では、自賠責保険で等級が認められなかった場合でも、12級や9級と評価されることがありますが、その多くでは、後で述べる「素因」を理由に賠償額が減らされているとされています(Q&A 高次脳機能障害の交通事故損害賠償実務 71頁・72頁、149頁)。
等級ごとの賠償の目安
| 等級 | 後遺障害の慰謝料(裁判の基準) | 労働能力喪失率 |
|---|---|---|
| 9級 | 690万円 | 35% |
| 12級 | 290万円 | 14% |
| 14級 | 110万円 | 5% |

計算の例:12級と9級では、どう変わる?

事故の時に40歳・年収500万円の会社員が、12級13号と認められた場合の例です。労働能力を失う期間は、説明のため仮に10年と置いています。
事故のあとの精神の障害では、脳の損傷によるもの(器質性)か、そうでないもの(非器質性)かによって、実務上、この期間や素因による減額の扱いが変わる傾向にあるとされています(赤い本 2014年版 下巻 100頁)。
将来の分を前もって受け取るために利息分を差し引く係数(ライプニッツ係数)は、法定利率が年3%の場合の10年分、8.5302を使います(民法404条2項、417条の2、722条1項)。
500万円 × 14% × 8.5302
= 597万1,140円
290万円
500万円 × 35% × 8.5302
= 1,492万7,850円
690万円
実際の額は、期間の見方、事故の前の収入、過失割合、後で述べる素因による減額、すでに受け取った保険金などで変わります。計算の考え方は交通事故の逸失利益とは?職業別の計算方法で説明しています。
PTSDでは、どんな点が争いになりやすい?

事故の態様:どんな出来事が前提になる?
精神科医の講演で示された当時の診断基準(DSM-IV)では、PTSDと診断されるには、自分が死ぬかもしれない、大けがをするかもしれないという出来事を実際に体験したこと、または他人の身に迫る重大な危険に直面したことが前提とされ、「とても怖かった」というだけでは足りないとされていました(赤い本 2014年版 下巻 81頁・82頁)。

東京地方裁判所で交通事件を担当する部の裁判官の講演では、重い後遺障害が主張されるのに、外から分かる所見がはっきりせず、客観的にとらえにくい事件の例として、PTSDが挙げられています。裁判でも、診断基準に当てはまるかどうかが検討されることがあります(赤い本 2007年版 下巻 2頁・3頁)。
PTSDの診断がなくても評価の対象に
出来事がそこまで強いものでなくても、同じような症状が続くことはあります。その場合は、PTSDではなく不安障害などと診断されることが多いとされています(赤い本 2014年版 下巻 85頁・86頁)。PTSDの診断がなくても、事故のあとに生じた精神の症状が残っていれば、非器質性精神障害に当たるものとして、等級の評価の対象になります(Q&A 高次脳機能障害の交通事故損害賠償実務 68頁・69頁)。
精神科の受診と治療の継続:何が重く見られる?
自賠責保険は、事故やけがの状況、精神科への通院期間、症状が出た時期、精神科を受診するまでの経緯、診断名、ほかの原因の有無などを総合して判断していると考えられています(Q&A 高次脳機能障害の交通事故損害賠償実務 71頁・72頁)。

PTSDでは、受診すること自体がつらい記憶を呼び起こすため、精神科の受診が遅れがちです(赤い本 2014年版 下巻 84頁)。
- けがの治療を受けている主治医に、早めに伝える事故のあと心の不調を感じたら、記録に残してもらいます
- 精神科や心療内科を紹介してもらう
- ほかの精神科医の意見を聞くことも考える治療を続けても良くならないときは、治療の内容が合っているかを確かめるため、ほかの精神科医の意見を聞くことも考えます(赤い本 2014年版 下巻 87頁)
症状固定の時期:いつごろが目安?
精神科医の講演では、非器質性精神障害で後遺症を認定する時期は事故からおおむね1年後が目安になっていて、医学的にも妥当だと述べられています。うつ病やPTSDには早く治る人もいますが、慢性化したうつ病やPTSDなどでは、治療を始めて数か月で少し良くなり、その状態が何年か続いたあとに治まっていくのが一般的で、事故から1年後は、ちょうどその少し良くなった時期に当たるためです(赤い本 2014年版 下巻 88頁・89頁)。
- 治療
数か月治療を始めて数か月で、少し良くなる(慢性化したうつ病やPTSDなど) - 事故から
約1年後後遺症を認定する時期の目安。ちょうど少し良くなった時期に当たる - 何年か
あと少し良くなった状態が何年か続いたあとに、治まっていく
労災保険の基準の考え方
労災保険の基準は、非器質性精神障害は、原因となった心の負担(労災保険では仕事による負担)を取り除いて適切な治療を行えば、多くは半年から1年ほど、長くても2〜3年で治り、治りきらなくてもかなり軽くなるのが一般的だとしています。そのうえで、症状が重い人は、改善が一時的に止まったように見えても、原則として治療を続けることとしています(厚生労働省の認定基準)。
症状固定とは何か、交通事故で「治療費打ち切り」に遭った場合の対処方法もご覧ください。
事故の前からの性格や病気(素因)で、減額される?
心の不調では、事故の前からの性格や、心の病気での通院歴などが「素因」として問題にされることがあります。

素因を理由とする減額
裁判例を分析した書籍によると、裁判で非器質性精神障害が12級や9級と評価される場合には、素因を理由に30〜50%の減額がされることが多いとされています(Q&A 高次脳機能障害の交通事故損害賠償実務 149頁)。ただ、減額の有無や割合は、事故の前の精神の症状や通院歴の有無、治療が長引いた事情などによって、事案ごとに大きく異なります(交通事故におけるむち打ち損傷問題 第3版 292頁〜297頁)。
事故の前の精神科の病気は、事故のあとのPTSDの発症や治療に影響しうるため、医師がカルテに書き留めるべき事柄とされています(交通外傷 メカニズムから診療まで 245頁)。事故の前の状態と、事故のあとにどう変わったかを、記録で具体的に示すことが大切です。
等級を認めてもらうには、どんな資料が要る?

そろえたい資料
- 精神科・心療内科の診療記録:症状が出た時期、診断名、治療の内容と経過が分かるものです。けがの治療を受けた病院の記録に、事故のあとの不眠や不安の訴えが残っていれば、症状が早くから続いていたことを示せます(同 71頁、151頁)。
- 事故の状況とけがの内容が分かる資料:事故の状況の記録、車の壊れ方の写真、けがの診断書などです。PTSDの診断の前提となる出来事の強さや、事故と心の不調とのつながりを示します(赤い本 2014年版 下巻 82頁、Q&A 高次脳機能障害の交通事故損害賠償実務 71頁・72頁)。
- 事故の前の状態が分かる資料:事故の前の仕事や生活の様子、通院歴の有無などです。ほかの原因がないことや、事故の前後の変化を示します(同 72頁、151頁)。
- 日常生活と仕事への影響の記録:身の回りのこと、通勤、作業の続け方、人付き合いなど、上の②の能力ごとに、どんな場面でどのくらい手助けが必要かを、ご本人やご家族が具体的に書き留めます。職場に戻れたかどうかも大切です(同 69頁・70頁、151頁)。
- 後遺障害診断書:精神科の主治医に、残っている精神症状と、日常生活や仕事で困っていることを具体的に書いてもらいます。
後遺障害に当たらない(非該当)とされたときや、実態より軽い等級とされたときは、資料をそろえ直して異議申立てができます。
こんなときはご相談ください

ひとつでも当てはまったら
- 事故のあと、眠れない、車に乗れないなどの不調が続いているが、どう動けばよいか分からない
- PTSDやうつ状態と診断されたのに、保険会社から「事故とは関係ない」と言われた
- 精神科に通院している途中で、治療費の打ち切りを告げられた
- 後遺障害の申請で非該当や14級とされたが、実態より軽いと思う
- 事故の前の通院歴や性格を理由に、賠償額を減らすと言われた
- 頭を打ったあとの変化が、高次脳機能障害なのか心の不調なのか分からない
参考文献
- 自動車損害賠償保障法施行令 別表第二
- 民法404条2項、417条の2、722条
- 最高裁判所昭和63年4月21日第一小法廷判決(昭和59年(オ)第33号)・民集42巻4号243頁
- 厚生労働省「神経系統の機能又は精神の障害に関する障害等級認定基準について」(平成15年8月8日基発第0808002号)
- 国立精神・神経医療研究センター「こころの情報サイト」PTSD
- 松浦裕介・村田佳宏編著『Q&A 高次脳機能障害の交通事故損害賠償実務』(ぎょうせい)30頁・31頁、55頁、67頁〜72頁、74頁、148頁・149頁、151頁
- 栗宇一樹・古笛恵子編『交通事故におけるむち打ち損傷問題〔第3版〕』(保険毎日新聞社)292頁〜297頁
- 遠藤健司・西村浩輔編著『むち打ち損傷ハンドブック 第4版』(丸善出版)155頁・156頁
- 一杉正仁・西山慶編『交通外傷―メカニズムから診療まで』(名古屋大学出版会)245頁
- 公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準』(赤い本)、同 下巻(講演録編)2007年版 佐久間邦夫「最近における東京地裁民事交通訴訟の実情」2頁・3頁、2014年版 堀川直史「交通事故に関係する精神医学的問題」68頁、81頁〜89頁、同年版「『脳外傷による高次脳機能障害事案』の相談における留意点」100頁



